2025年 12月 07日
小さな私

「満江紅」の易烊千璽(イー・ヤンチェンシー)の演技がすばらしかった話は以前ブログで書きました。
彼は小さい頃から子役としてTVに出ていて、12歳の時、TFBOYSという3人組のアイドルグループでデビューしています。他の2人のファンの方には申し訳ないけど、当時から一人だけ顔つきが違っていたんです。でもまさか俳優として残るとは思っていませんでした。
とてもストイックな努力型の俳優だというイメージを持っていますが、この「小さな私」という映画における易烊千璽の演技は「ここまでやるか!」という境地に達していて驚嘆してしまいます。イ・チャンドン監督の「オアシス」におけるムン・ソリを彷彿させました。
去年の東京国際映画祭でも上映され舞台挨拶がありましたが、私は映画のあらすじ紹介を見てパスしました。後で主演が易烊千璽だと知ってあわててチケットを購入しようとしたけれどすでに売り切れていました。
そんなわけで この映画は未見だったので、Netflixでの配信はとてもありがたいです。
さっき書いたように「あらすじ紹介を見てこの映画はパスした」のは、障がい者が主人公の話と知り、その映画を観たときに自分がどんな反応をしたらいいのか戸惑うに違いないと思ったからです。自分が気持ちを寄せようとすること自体が嘘っぽいと感じます。障がい者の方の気持ちがわかるわけがないから・・・。
映画の中で、脳性麻痺の障がいがある主人公の男性がこう言っていました。
「人混みの中でいろんな視線に出会いました。同情の視線、恐れの視線、嫌悪の視線、でも僕をじっと見つめ、僕も一員だと言ってくれる視線はほとんどありません。」
そして、目が合った時 相手からそう思われるのが嫌で、視線を向けないようにする人もいると思います。それがまさに私という人間です。
障がいを持って生まれた方の辛さはとても想像がつくものではありません。へたな同情をするのではなく、障がいがあってもなくてもみんな同じ人間、幸せになりたいともがいている同じ人間なのだと知ることが大事なのだと思いました。
困っている人がいたら声をかける。手伝えることがあったらお手伝いする。自分がピンチの時は誰かに助けてもらう。そうやってお互いにお互いを気遣える社会になればどんなにいいでしょう。
頭の中ではいくらでも理想を語ることができます。でも障がいを持って生まれた人には、それでは済まない、そんなに甘くない世界があることを映画は見せてくれます。
この映画は中国でも168億円の興行収入をあげています。また易烊千璽は11月に行われた第38回金鶏奨で最優秀主演男優賞を受賞しています。脳性麻痺の主人公を易烊千璽が演じることでこれだけ多くの人が映画館に足を運ぶのです。その意義はとても大きいと思いました。
ネタバレあり
彼は文学的な能力のとても高い人です。ある講義で彼はこう話します。
「たくさんの詩人が苔を描いた作品を書いているけれど、詩人は花を見ていて、苔はあくまでも脇役でありただの装飾でしかない。ただ一人、袁牧という詩人の作品だけが苔を見て、苔に個性を与えている。」
雨の後、壁の下や石段の隙間をよく見ると、小さくて穏やかでみずみずしい新鮮な緑色のものが輝いている。
太陽が当たらない暗い場所でも、苔は成長しようと闘っている。米粒ほど小さくても諦めない。
自己否定せずに、他の花たちと同じように凛として生きるためにその力を使う。
「小さな私」というタイトルは、まさにこの「苔」の話と繋がっています。
辛いことがあったとき、彼はトランクの中に自分の身体を丸めて入り、ガイコツの標本を抱いて寝ます。
後でわかったのですが、小さい時にふざけてトランクの中に隠れたことがあったのです。
彼が部屋にいないと気づいた両親が外を探そうとしますが、すぐには探しに行きません。その時「疲れたわ。もし見つからなかったら私たちの人生はもっと良くなるの?」と話しているのを聞いてしまいます。
自分の存在意義はどこにあるのか。彼は答えが見つからないままずっとそれを考え続けています。
麻痺のある彼は自分の身体の骨だけは他の人と同じだと感じているのだと思います。
でもその骨を覆う筋肉が自分の意思どおりに動いてくれません。
ガイコツの標本はヒトとしての自分の素の姿です。あの日傷ついた自分自身を抱きしめたくて彼はガイコツを抱いて寝るのでしょうか。
おばあちゃんの所属する合唱クラブで太鼓を叩くことに。
リズムを身体で刻むという行為は難易度が高すぎて彼にはできません。
お年寄りは、自分たちにもできないことや無理なことがたくさんあるのを知っています。
彼に対して文句を言いながらも、なんとなく彼を受け入れてくれます。
自分が稼いだお金で師範大学へ行きたいという夢がある彼は、カフェのアルバイト募集に応募します。
「正直言って普通の人を雇いたい」という店長に「僕は、記憶力抜群の普通の人間です」と言い放ちます。
そんな彼を雇用してくれた店長はいい人だと思いました。
彼にとって働くことは、お金を稼ぐだけでなく、人間にとっての「尊厳」を守ることなのです。
でも結局、障がい者を雇っていることで取材を受けたカフェは「慈善と社会貢献に尽力し、障がいコミュニティを支援」していることをアピールし、彼を雇用することで税金控除の恩恵があったことを彼は知ります。
恋をする。運転免許を取るために教習所へ行く。身体の硬直を軽減させるための訓練をする。
何もかもがうまくいかないことだらけです。
「なぜ僕でなければならないのか。。。」彼はどんどん追い詰められていきます。
夢の中で、彼はセミになります。自分の身体の殻がはがれて中から新しい身体が生まれます。
殻を脱ぐたびに新しい人生を得られたらいいのに。
それでも彼は諦めません。
自分は自分だ。
自由に学び、自由に行動し、自由に生活したい。
「幸せの意味には、僕たち一人ひとりが含まれるべき」
師範大学から合格通知が届きます。
太鼓は努力したのでしょう、いつのまにか上手になっていました。
花のように目立たなくても、どんなに隠れた場所にも命というのは息づいていて、雨にあたれば特別な輝きを放つことがある。
人が見落としてしまいがちなことを伝えようと、自分の道を彼なりに進んで行きます。
自分の存在意義は?自分にできることって何?
易烊千璽の迫真の演技には、生きる者すべてに宛てたメッセージが込められていると感じました。
by choyon
| 2025-12-07 18:01
| 台湾・中国映画(鑑賞順)許光漢除く
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