2021年 08月 29日
怪怪怪怪物!

監督第一作目の「あの頃、君を追いかけた」はすばらしい青春映画で、初鑑賞のときは、その映像作家としての才能に驚きました。どの分野でも一流になれる卓越した感性の持ち主なんでしょう。
この「怪怪怪怪物!」が映画監督としては二作目になります。
一作目と同じような青春ものを期待したのですが、想像していた映画とはまったく違っていて、そのグロテスクな描写に参りました。でもなぜか惹きつけられてしまうのです。
映画自体は観る人を選ぶタイプなので、お薦めはできないのですが、悲惨なこの映画の不思議な余韻からは九把刀の鬼才ぶりを感じることができます。
ネタバレあり
優等生でありながらも、クラスのいじめの標的にされている書偉は、ついには盗みの疑いまでかけられてしまいます。自分が犯人ではない証拠を集めて担任に報告しても担任に一切無視されます。ボスを中心としたいじめっ子メンバーは陰湿で残虐ないじめを書偉に対して繰り返し、担任は助けるどころか、いじめっ子グループと一緒に老人施設でのボランティアを書偉に命じます。
そこでまたしても繰り拡げられる老人に対するいじめ・虐待。彼らには罪悪感はまるでありません。人をいじめることが楽しい鬼畜たち。そして、自分が殺されないためにいじめっ子グループの仲間になり復讐の機会を窺う書偉。
そんなグループはある夜、ひき逃げ事件を目撃します。
轢かれたのは、人を食って生きる怪物姉妹のうちの妹。いじめっ子たちは怪物を拉致し、そこでも壮絶な虐待を行います。そして、狂ったように妹を探し回る姉の怪物はついに彼らの高校を見つけ出し・・・。
轢かれたのは、人を食って生きる怪物姉妹のうちの妹。いじめっ子たちは怪物を拉致し、そこでも壮絶な虐待を行います。そして、狂ったように妹を探し回る姉の怪物はついに彼らの高校を見つけ出し・・・。
そのいじめのやり方がほんとうに残忍で、前半は見ていて不快感しかなかったです。
その不快感がずっと続きます。どこにも救いはありません。彼らはただずっと誰かを標的にして、残虐行為を繰り返すだけです。
人を食って生きる怪物は恐ろしい怪物だし、怪物が妹を救うために大量虐殺を繰り返す映像にもぞっとしました。でも、そこに至るまでに、人間というのは怪物よりも恐ろしい存在だということがインプットされていますから、虐げられた者の反撃に見えてしまいます。
ほんとうは死んでいく人間には家族や友人がいて、その死を悼み悲しむ存在の人が必ずいるはずなのに、そういう背景はまったく描かれていないし見えません。
これはゲーム世代の感覚なんでしょう。人の生き死にはいとも簡単に操作され、そこに葛藤や重さはありません。
燃えさかる火に包まれる人間がいても、みんなそれを動画で撮影することに夢中です。
目の前に怪物がいても、音楽を聴きながら風船ガムを膨らませ、携帯で写真を撮って仲間に送信することを忘れない少女の姿は何を物語るのでしょう。
生きることにも死ぬことにも実感が持てない若い世代の哀しさが伝わってきました。
そして、いじめられっ子の書偉がとった行動もゲーム感覚でしかありません。いじめる立場の子だけでなく、それを笑って見ていた子も同罪だと裁きは行われます。観客はその潔さにスカッとしたことでしょう。
人が快・不快だけで突き進むとこういう結果になるのでしょうか。
ここまで徹底した人物の背景描写の排除は今まで見た映画ではなかった気がします。
(唯一、机が廊下にある女子高生だけは人間味がありました。書偉の苦しみを理解してくれてたし。)
ゲーム世代ではない私は見終わった後、呆然としてしまいました。
世の中は人としての基本的な何かが大きく変わって行っているんだと思います。それは時代の流れなのだからいいとか悪いとかそういう問題ではないです。そこまで深く考えようとすること自体が、もう時代にそぐわないのかもしれませんね。
でも、この勢いのある展開はすごいなと思いました。情け容赦ない流血シーンや臓器シーンもよくできてるなと感心しました。園子温の「地獄でなぜ悪い」みたいな感じ。作り物としての映画のおもしろさに一瞬たりとも目が離せませんでした。
私はこの作品は監督からの現代の若者に対するいじめや命についての問題提起だと信じていますよ。
若者らの熱狂的な支持を得ている九把刀がどういう人物なのかまだ掴みきれていませんが、彼はすでに3作目を撮っていますから、ぜひそれを観て監督の映画に対する想いを確認したいです。
これはゲーム世代の感覚なんでしょう。人の生き死にはいとも簡単に操作され、そこに葛藤や重さはありません。
燃えさかる火に包まれる人間がいても、みんなそれを動画で撮影することに夢中です。
目の前に怪物がいても、音楽を聴きながら風船ガムを膨らませ、携帯で写真を撮って仲間に送信することを忘れない少女の姿は何を物語るのでしょう。
生きることにも死ぬことにも実感が持てない若い世代の哀しさが伝わってきました。
そして、いじめられっ子の書偉がとった行動もゲーム感覚でしかありません。いじめる立場の子だけでなく、それを笑って見ていた子も同罪だと裁きは行われます。観客はその潔さにスカッとしたことでしょう。
人が快・不快だけで突き進むとこういう結果になるのでしょうか。
ここまで徹底した人物の背景描写の排除は今まで見た映画ではなかった気がします。
(唯一、机が廊下にある女子高生だけは人間味がありました。書偉の苦しみを理解してくれてたし。)
ゲーム世代ではない私は見終わった後、呆然としてしまいました。
世の中は人としての基本的な何かが大きく変わって行っているんだと思います。それは時代の流れなのだからいいとか悪いとかそういう問題ではないです。そこまで深く考えようとすること自体が、もう時代にそぐわないのかもしれませんね。
でも、この勢いのある展開はすごいなと思いました。情け容赦ない流血シーンや臓器シーンもよくできてるなと感心しました。園子温の「地獄でなぜ悪い」みたいな感じ。作り物としての映画のおもしろさに一瞬たりとも目が離せませんでした。
私はこの作品は監督からの現代の若者に対するいじめや命についての問題提起だと信じていますよ。
若者らの熱狂的な支持を得ている九把刀がどういう人物なのかまだ掴みきれていませんが、彼はすでに3作目を撮っていますから、ぜひそれを観て監督の映画に対する想いを確認したいです。
by choyon
| 2021-08-29 12:22
| 台湾・中国映画(鑑賞順)許光漢除く
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