2013年 04月 21日
永遠支持
村上春樹「(略)多崎つくる(略)」より引用
「才能というのはたしかに時として愉快なものだ。ないよりはあった方がいいだろう。しかし才能というのはな、肉体と意識の強靭な集中に支えられて、初めて機能を発揮するものだ。脳味噌のどこかのネジがひとつ外れ落ちてしまえば、あるいは肉体のどこかの結線がぷつんと切れちまえば、集中なんぞ夜明けの露のように消えちまう。ただの虫歯一本で、肩こりひとつで、すべての美しいヴィジョンと響きが、ひゅっと無に帰してしまうんだ。人の肉体はかくのごとく脆いものだ。そいつはおそろしく複雑なシステムとして成り立っているし、些細なことでしばしば損なわれる。そしていったん損なわれてしまえば、多くの場合修復がむずかしい。虫歯や肩こりくらいならたぶん治せるだろうが、治せないものもいっぱいある。そんな一寸先もわからない頼りない基盤に頼らざるを得ない才能に、いったいどれほどの意味がある?」
「たしかに才能は儚いものかもしれません。それを最後まで支えきれる人間は少ないかもしれません。しかしそこから生み出されたものは、時として精神の大いなる跳躍を生み出します。個人を超えて普遍的な、ほとんど自立した現象として」
「モーツァルトやシューベルトは若死にしたが、その音楽は永遠に生きている。君の言いたいのはそういうことか。そこまでの才能はあくまで例外的なものだ。そして多くの場合、彼らは生命を削り、早すぎる死を受容することによって、その天才の代価を支払うことになる。それは命を賭けた取り引きのようなものだ。取り引きの相手が神なのか悪魔なのか、そこまではわからんが」
モーツァルトと比べようとは思わないけど、才能があるということはある意味残酷なことだと思います。それが自分の手の内にあるうちはまだいい。でも一旦自分の手を離れたら、それによって自身は神聖化され、評価は拡散し制御不能になっていきます。多分そこにあるのは、自分であって自分でないような遊離感じゃないかな?
いつか集中が切れる時が必ず訪れるんでしょう。代価を払う必要なんてないです。足跡は消えません。あなたの苦しみを理解した上での永遠支持なのですよ。
by choyon
| 2013-04-21 23:04
| ★周杰倫 ジェイ・チョウ
|
Comments(0)

